少年院を出院後の変化~自分はこう変わった~

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八王子市にある多摩少年院で1年間生活していました。

少年院に行った理由は『共同危険行為(集団暴走行為)』『恐喝』『恐喝未遂』です。

最初は共同危険行為で逮捕され、鑑別所に行きました。

保護観察処分で出れそうな感じでしたが、鑑別所内で『恐喝』『恐喝未遂』で再逮捕されました。

裁判では両方の事件を同時に行いました。

また、恐喝、恐喝未遂の共犯者は暴力団だったため、それだけで罪が重くなります。

裁判では当たり前の様に『中等少年院送致』になりました。

 

1年間の少年院生活

少年院が決まった時はこれから1年か、長いなあって思っていました。

少年院を入った時は夏、出てきた時も夏でした。

1年間少年院で生活すると、すべての行事を少年院で過ごす事になります。

誕生日、クリスマス、お盆、ゴールデンウィーク、年末年始、などなどです。

もちろ少年院の中でも誕生日会があったり、クリスマス会があったりします。

年末年始はそれにちなんだ食事も出ます。

お盆やゴールデンウィークも実科作業や実習作業が休みになり、レクリエーションの時間になったりします。

少年院で生活していたも、1年間にある行事ごとを感じながら生活する事ができるのです。

2017-06-09 (1)

少年院出院後は行事に対してどうでもよくなった!?

シャバに出てから誕生日やクリスマスなどどうでもいいやって思ってしまう様になりました。

それは、シャバで生活できるだけで十分と感じてしまう為です。

誕生日にケーキを食べるとか、クリスマスにケーキを食べるとかどうでもいいような・・・

シャバで生活できる!それだけで十分に思うようになってしまったのです。

だから、少年院後の世間での行事はほとんど興味がありません。

 

生活の変化はどうなったの?!

人によって違うとは思いますが、自分の場合は悪さをするのはもういいやって思いました。

少年院を出てきてすぐ20歳になり、大人なんだから真面目になろうと思ったのと、

1年間という少年院生活で塀の中の生活はもういいや・・・って思いました。

しかし、少年院で一緒だった人と共通の友人を通してシャバで出会ってしまいました。

彼は現役の暴力団組員。

役職もあり、イケイケのやくざでした。

しかし、少年院で一緒に生活していたこともあり、それなりにお互いを理解しているつもりでした。

一緒に食事をしたりすることも多々ありましたが、暴力団に誘われたり、悪い事を進められたりもありませんでした。

しかし、ある日事件が起こっている現場に居合わせてしまいました。

自分は何もしていません。

ただ、事件の現場にたまたま居合わせてしまっただけです。

しかし、現場にいたというだけで逮捕されてしまいました。

『不起訴』で釈放されましたが、地元の交友関係が悪すぎでした。

なんて言ったって、不良か暴力団しか交友関係がなかったのです。

地元にいたら交友関係を断ち切るのは難しい、そう思い地元を離れました。

それからは一度も逮捕されていません・・・

 

まとめ

1年間塀の中で生活すると、誕生日やクリスマスなどがシャバで過ごせればそれで充分じゃん!

って思うようになり、関心や興味がなくなってしまいました。

もちろんそうではない人もいると思います。

そして、10代最後の時間を少年院で生活した事で、もう塀の中の生活はしたくない・・・

と思いました。

しかし、塀の中の生活に懲りない人は何度も犯罪を繰り返します。

特に『薬物使用者』は再犯が多かったです。

自分も少年院後、もう悪い事をしないようにしようと思っていましたが、また逮捕されました。

その後、地元から離れ環境と交友関係を変えました。

その後は一度も逮捕されていないし、犯罪だってしていません。

環境を変える事も再犯をしないための一つの手段だと思います。

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